社労士・行政書士・CFP事務所を開業(平成20年7月)
平成20年3月に埼玉県職員を退職しました。
退職金を使い自宅の物置の2階(約10坪)を事務所に改修しました。
社労士・行政書士・CFPの独立に向けた登録や各種届出を行い、自作のホームページも立ち上げました。
そして平成20年7月1日に社会保険労務士・行政書士・CFPの事務所を開業しました。
「再就職しました。」の投稿でも説明しましたが、開業はしても、鳴かず飛ばずで全く客足はありません。9月末までの3ヵ月間全く仕事はありませんでした。
再就職を5年半
士業としての仕事がないため再就職し、約5年半ほどフルタイムの仕事についてしまったのです。
その間、社労士・行政書士の仕事は、妻が補助者という形で主に携わっており、私は土日にお手伝い程度携わっていました。
再就職を辞めセトナ綜合事務所へ(平成26年)
開業してから5,6年程すると仕事もだんだん増えていました。私は、そのようなときに就職先の仕事がなくなり戻ってきたのです。
最初は妻が仕切って仕事をしていました。ただし、代表は私ですので、ダイレクトメールを出すとかホームページを充実させるなど、とりあえずこの仕事で生計を立てなければと頑張りました。
不思議なことに土台があったせいか、1年もするといろいろな仕事や相談があり、2人では対応できない状態になってしまいました。
そんなこんなで、あたふたしているときに長男がこの仕事を手伝いたいと言ってきました。
3人でこの仕事をすることになりました。(平成28年)
そこから2~3年もすると仕事はさらに増えました。
妻も長男も仕事を増やすのを嫌がり始めました。妻は3人で食えれば十分、仕事を増やすのも人を雇うのも嫌だと言っています。
男と女の違いでしょうか?仕事に欲がないようで1日が無事で終われば的な発想なのです。
仕方がないので、ホームページ等は少しづつ削除し、あまりヒットしないように調整しました。
令和元年からは、入国管理、農地転用等の申請、車庫証明、ナンバープレートの封印、障害年金の申請、風俗営業の許可、各種助成金といった業務を辞めてしまいました。
今、率先して行っている業務は、建設業許可関係、産業廃棄物収集運搬業許可、社会保険・労働保険の顧問、そして相続です。これらの仕事は今後も増やしたいと考えています。
建設業許可関係と言っても、新規の許可後、5年ごとに更新をしなければなりません。許可を取ると毎年「事業年度終了報告」を県宛にしなければなりません。
また「経営事項審査」を毎年受ける企業が、4社に1社程あります。そして入札参加資格の申請もあり、建設業関係の会社を数十社も持つと手一杯になってしまいます。
また、社会保険・労働保険・給与計算は、一度顧問となってしまうと途中で投げ出すことはできません。会社との信頼関係が大切な仕事なのです。
産業廃棄物収集運搬業も5年ごとに更新がありますので、一度新規申請等を請け負うと途中でやめることはできない仕事です。
また、相続については様々な知識を要するため、知識の蓄積のためにも大切な仕事となっています。
このように仕事を特化したため得意分野ができたことにより、安く・親切に・迅速にと言った事務所のスローガンが達成できていると思っています。
顧客に対し自信を持って対応するため、知識と能力を養っていくこととしています。
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