居住用マンションを売却して、1900万円ほど現金を手にしたことは、「①不動産の購入」で説明しましたが、そのうちの100万円ほどで株を初めて購入しました。

 最初に株を購入したのは「日興証券」でした。その後も定期購入で月2万円づつ株を購入することにしました。

 ただし購入した時期は1989年(バブル絶頂期)です。バブルの崩壊した翌年の1990年には100万円ほどで購入した株もどんどん下がり、2万円づつ購入している株も下がり続けていました。

株で損失(平成5年)

 株はだめだと思いながらも3,4年も持ち続け・買い続けたのですが、つぎ込んだお金が200万円ほどの時に売却しました。売却価格は160万円ほどで40万円のマイナスでした。

 株は向いてないのかと1年ほど株から離れたのですが、株を持っていて上がったり下ったりといったときのドキドキ感が忘れられず株を購入し始めました。

 株をほんの少ししかもっていないのに、友人には株は世の中の仕組みや経済の勉強になるからと進めていたほどです。

株の信用取引(平成4年から6年)

 友人に進めた手前もあり、なんとか株で儲けようと考えました。

 そこで始めたのが株の信用取引です。信用取引とは所持金の3.3倍までの株が購入・売却ができるものです。

 100万円の資金で330万円の株を買い、その株が倍になれば660万円-100万円で560万円の儲けに、その株が半額になってしまうと165万円-100万円で、65万円の損失となります。

 最初は、信用取引も順調で少しのづつの利益が出ていたので、株なんて簡単に設けられるんだと高をくくっていたのです。

 繭の先物取引(平成7年)

 株の信用取引で少しの利益が出ていたころでした。

 甲高い声の男の人から「大変です。今、繭の先物取引が大変なことになりそうです。100万円あれば、すぐに数百万円の儲けが出ます。」といった電話がありました。

 その会社が先物取引を本当にしている会社かを調べ。

 話に乗り、100万円で1ユニットの先物を購入しました。3日後にまた電話があり、「少し下がってしまったので100万円追加してください。」

 仕方がないので100万円を追加し「売り」のほうに100万円追加しました。売りと買いが100万円づつなので、上がっても下がっても損得がチャラのなるはずです。

 そして1月ほどの期間そのままにしておきましたが、繭の価格は上がったり下がったりしました。

 私は怖くなり、すべてを決済することにしました。約1ヵ月で350万円の損失。大変な痛手です。

 この350万円については、所持金が150万円ほどあり、残りの200万円は、武蔵野銀行のカードローンで払いました。

 当時、武蔵野銀行では、埼玉県職員に対して300万円まで3%の利子であったと思いますが、カードを発行してくれ、いつでも現金を借りることができました。

 先物には2度と手を出さないと心に誓いました。もちろん武蔵野銀行から200万円を借りたことは、妻には内緒。

 株の信用取引は一旦停止

 株の現物は200万円分ほどありましたが、株の信用取引は現金がなくなったこともあり、一旦停止しました。

 平成8年ころから「②不動産の購入」で説明したとおり、賃貸用の不動産の購入を始めました。不動産は現金がなくても購入でき、借入金で手持ち現金を増やすこともできました。

 株の信用取引を再開(平成13年)

 SBI証券で株の信用取引を再開しました。

 このころは、りそな銀行の株が暴落したことなどから、1年後に追証が発生してしまいました。そのうえ追証が発生していたのを気づかずにいたため先物で購入した株を売却されてしまいました。損失は100万円以上。信用取引を少額で行っていたので、このくらいの損失で済みました。

 なお、今でもSBI証券の信用取引は禁止されています。

 次の「株・FX・金」を見てください。